乗ってたタクシーがスリップした

 事故にはならず怪我もありませんでしたがめちゃくちゃビビった。

 深夜にタクシーに乗って移動する必要があり、20分ほど揺られながら移動する中での出来事。タクシーに乗ったのは日付が変わるか変わらないかといった深夜で、服の上からでも刺すような風の冷たさを感じられるほど冷え込んでいた。雪は降っておらずタクシー乗り場周辺の足場や道路に雪も確認できず、寒波の影響は受けていないかすでに昼間の日差しに溶かされ尽くしたのだろうと思っていた。

 交通機関がほぼ正常に動いていたこと、深夜の人の少なさもありタクシーに並ぶ列はない。タクシー乗り場に近づくだけで先頭で待機するタクシーの後部座席の扉が開く。なんとなくこのまま過ぎ去って相手の期待を裏切ってみようかという幼稚な考えが思い浮かんだ。だいぶ疲れて幼稚なことしか考えられないようになっていたのだろう。

 先頭のタクシーに乗り込み目的地を告げ出発。支払い方法として何があるのかと確認してみると、50代くらいの白髪が頭髪の大半を占める年配の運転手からPayPay 以外なら大丈夫と言われた。PayPay だけ採用していない特別な理由でもあるんだろうかと気にはなったが聞くことはしなかった。自分が普段の支払手段として PayPay を使用していたので、運転手との間に早くも溝ができたようだ。たぶん相手にそのような意図は微塵もないと理解しながら、相手との距離感を勝手に妄想していた。おそらく眠かったのでどうでもいいことを考えながら覚醒を維持しようとしていたのだろう。少しでも信頼を取り戻そうと思ったのか、後部座席のシートベルトをいそいそとつけ始めていた。こんなことで得られる信頼があるのかはしらないが他にできることがなかった。

 しばらくは町中を走っていたが次第に川が見えてきて、その川を越えるための橋を渡ろうとしたときにことは起こった。キュルルルル!っという音と一緒に身体が横に振られる感覚。携帯に目を落としていた自分は、とっさに頭を起こしてフロントガラス越しの景色を確認した。本来なら右手前方に伸びた形で見えるはずの道路のセンターラインが、あろうことか左斜め前に伸びるように見えていた。道路の進行方向に対してタクシーが約45度右に傾いた状態。今朝ニュースで聞いた「スリップ」というワードが即座に想起された。運転手も「うおぉ!?」と驚いたような声を上げていたが、急ブレーキをかけるようなことはせず、細かいブレーキとハンドルさばきで歩道に乗り上げることも対向車線に大きくはみ出ることもなくことをおさめてみせた。通行量が少ない時間だったこともあり、他の車に衝突するといったこともなかった。

 徐行しながら運転手が「怪我などないですか、大丈夫ですか」としきりに聞いてきた。シートベルトもしていたし、ぶつかったりしたわけではないからね、怪我はしていない。むしろよくあの程度でおさめたなぁという感心のほうが強かったので「大事にならずよかったですありがとうございます」とか言っていた気がする。あとで考えてみると「気をつけてくれ」と怒ってもいい場面だったのかとも思ったが、そんな元気もきっとなかったのだろう。むしろ大事にならなかったことでこんな風にブログに書くきっかけにもなったとかポジティブに捉えている可能性のほうが高い。

 目的地に着いた。カードで支払いを済ませたあと外に出て、運転手と一緒に改めて車体を確認し、どこにもぶつけていないことを確認した。スリップ時に聞いた音がどこかにぶつけたことで発せられたものかもと考えていたが、タイヤが滑っただけの音だったようだ。それでもタクシーに乗っていて聞いたことがない、そして今後も聞きたくない音ではある。運転手との確認後に改めて「申し訳ない」と謝られた。「大丈夫ですよ。運転手さんはこのあともお気をつけて」と今思うと神対応だったなと自賛してしまうことを返していたが、相手にしてみれば「本社に言ってくれるな」という釘を刺すための「申し訳ない」だったのかもしれない。

 数時間後、スリップした場所に徒歩で向かってみると、道路に氷自体は残っていなかったものの、十字路の中央辺りにマンホールがあった。おそらくこのマンホールの上に乗ったタイアがスリップしたのだろう。帰りはスリップするのが嫌でタクシーを使わなかったが、歩道のほうが氷が残っており、早く屋内にいきたいと思いながらも歩幅を小さく注意深く歩かなければならず、40分ほど冷たい風にさらされながら帰宅した。歩道の横を通る車を見つけると「スリップしてこっちに突っ込んでこないよな?」と最悪のシーンをイメージしたりもしたが、幸いにも歩道を超えてくる車はなかった。ニュースで「スリップ」というワードを聞いた日は、家でおとなしくしていようと固く誓った。あっ、でもスノボーは行きたいな。誓いの雪解けは近い。

 

 

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